連載コラム「リビングに絵画を」

弊社スタッフが、「アイリスタ」に連載中のコラム「リビングに絵画を」をお届けします。版画を初歩からわかりやすく解説しています。ご参考にどうぞ。

■第十二回:リビングで絵画鑑賞を・・・

さて、ご家庭に絵画を飾る時の留意点について12回にわたって書いてきましたこの連載も最終回を迎えました。そこでまとめとして、リビングに絵画を飾ることの意味をあらためて考えてみたいと思います。

美術好きの方で、パリのルーヴルを訪れたことのある方も多いかと思いますが、おどろかされるのは、その規模と作品点数の多さです。
歴史をさかのぼりますと、およそ800年前からルーヴル宮殿として存在し、かつてルイ14世やナポレオンも居住したこの壮大な建造物は、約200年前から美術館として使用されてきました。作品総数約35万点(!)、展示面積だけでも約3万平方メートルあるわけですから、そのスケールの大きさたるや日本の美術館の比ではなく、くわえて収蔵品の質に関しても、ご存知の通り「モナリザ」や「ミロのヴィーナス」をはじめとした世界の至宝がひしめいています。
そして、パリにあるのはこのルーヴルだけではなく、セーヌの対岸には印象派の殿堂としてのオルセー美術館が鎮座していて、ゴッホやモネやルノワールの名品がところせましとならべられているわけです。

パリほどではないにしても、ヨーロッパの都市にはこういったすばらしい美術館が点在していて、ヨーロッパの歴史と、美術に対する造詣の深さをいやがおうにも感じさせられます。そこで驚くのが、セキュリティに関する考え方の違いです。
日本の美術館に、たとえばフェルメールの作品が1点でも来ようものなら、常に作品の脇には警備員が立ち、赤外線センサーが張り巡らされ、ちょっとでも作品に近づこうものなら、「下がってください」と制止されてしまいます。まあ、それは借りてきた国宝級の作品とかけられた保険に対する当然の措置でもあるとは思うのですが、そうした日本の状況の中で作品を見てきたわたしとしては、ルーヴル美術館の通路の近くのちょっと手を伸ばせば届く位置にフェルメールの小品が無造作にかけられているのを見たとき、(しかも回りに人はいませんでした)あまりの無防備さに唖然としてしまいました。ルーヴル美術館は何回も盗難にあっていることでも有名ですが、あの広さとあのセキュリティの程度では無理もないとも思ってしまいます。

こういった展示の仕方には、賛否両論はあるでしょうが、作品を鑑賞する側にとってはありがたい限りです。ときによっては額にガラスもついていず、光の反射に妨げられることなく作品のタッチのひとつひとつにいたるまでじっくりと見ることができますし、美術館の中でせっせと模写に励んでいる方たちも多いですよね。こういった気軽さというか作品に対する身近さは、日本人が油絵もしくは額絵に対していまだ持ちえない感覚だと思うのです。

このエッセイの中でも少し触れましたが、日本の歴史の中に油絵が流入してきてから、まだたかだか100年ちょっと、そしてご家庭に額絵が普及し始めたのが多分第二次大戦後、高度成長のころからでしょうから、ここ30〜40年くらいのことになると思います。しかし、それ以前には日本人がまったく芸術に関心がなかったのかといえば、そんなことは決してなく、日本には掛け軸という立派な伝統絵画が存在しました。
掛け軸は茶の湯の伝統と共に、ひとつのすばらしい世界を形成していたのですが、哀しいかな、高度成長以降日本家屋がほとんど洋風建築や、またマンション住まいに変わってしまったため、掛け軸を飾るための床の間が消滅してしまったのです。
もちろん中には立派な和風建築ですばらしい床の間に国宝級の掛け軸をかけている方もいらっしゃるでしょうが、やはりそれは一部に過ぎず、特に都会では和室や床の間があっても、申し訳程度のスペースの場合がほとんどでしょう。

こういった状況の中で、わたしたち日本人のほとんどは、洋風建築の中に住みながら、そこにおいて洋画をかける伝統をもたないという立場の人であると思います。それに比して、ヨーロッパ人はもう何百年も前から、石造りの家の中に油絵を飾って楽しんできたという伝統が脈々とあるわけですから、先に書いたルーヴルでの気安さ、というものにも無理がないのかもしれません。
結婚して新居を持つとき、まず絵画を、という考えなのです。そのためか、パリのクリニャンクールなどの蚤の市にいっても、安いのから高いのまで、千差万別の古ぼけた絵ががたがたと置いてあります。
彼らにとっては、作者の名前や有名かどうかなどということにもあまり関心はなく、とりあえず自分の好きな絵を予算内で手に入れたい、という考え方なのでしょう。

われわれはヨーロッパの人たちとは絵画に関して年季のはいりかたが違いますし、向こうに比べたらずいぶん狭い、という住宅事情も手伝って、同等に考えることはできないのですが、昨今のマンションには最初から絵画をかけるスペースがとられ、絵画用レーンまで完備されている場合も多いようですから、せっかく環境が整いつつあるとき、やはりご自宅のリビングで絵画鑑賞をされるのはいかがでしょうか。

画廊で働いていても、ごらんになっている方の雰囲気で、「ああ、この方は自分のお部屋にあわせて絵を選んでいるな」と思うときと、「単に美術として鑑賞してるだけなんだな」と感じるときがありまして、後者の場合にはあえてお薦めしたりアドバイスをしたりはしません。(あまり話しかけたりすると、「鑑賞してるのに」と、かえっておこられてしまったりします)海外の画廊に入ったときの感じと比べると、日本の画廊においては後者の方の比率が大変多いように思います。
画廊においてある絵は原則的に販売可能な作品ですから、よかったらぜひお持ち帰りになってご家庭でゆっくり鑑賞してください、という気持ちが大きくなります。
もちろん絵画は、食料を買う前に手に入れるようなものではありませんから、無理してローンを組んで高い絵を買うことを決してお薦めしたりはしないのですが、ブランド品や宝石をお好きな人に比べると、絵画コレクターはまだまだ少ないように感じます。

絵画は家においておくものですから、宝石やバッグや時計や車のように身につけたりして人に見せびらかすことはあまりできませんが、自分ひとりだけの空間で、絵画と一対一で向かい合える、というのは何物にも替えがたい幸福だと、個人的には思います。作品は、その作者との物言わぬ対話なので、一対一で何度も折に触れて交流することによって、その作品と作者のことが徐々にわかってゆくのです。そういった交流によって、美術作品と共にある生活は、わたしたちの精神面をより深く豊かにしてくれると思います。
自分にとっての「美しさ」を追求しながら、太古の昔から人は生きてきたのかもしれません。

このエッセイが皆さんのアートライフの参考に少しでもなれましたら光栄です。お読みいただきまして、ありがとうございました。


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