連載コラム「リビングに絵画を」

弊社スタッフが、「アイリスタ」に連載中のコラム「リビングに絵画を」をお届けします。版画を初歩からわかりやすく解説しています。ご参考にどうぞ。

■第十回:「抽象画」 vs 「具象画」

さて、絵画の分類として前回は「日本画」 vs 「洋画」というテーマで語ってまいりましたが、今回は視点を変えて「抽象画」 vs 「具象画」という切り口で考えてみたいと思います。

一般に、「抽象画」とはピカソに代表されるようなよくわからない絵、「具象画」とは物の形をリアルに描いた絵、という具合に認識されている方が多いのではないかと思います。

絵画の歴史を少しふりかえってみますと、人類がはじめて芸術と呼べるような絵を描き、それが現存している例といえば、フランスのラスコーやスペインのアルタミラにある洞窟内で発見された壁画が有名です。学者によっていろいろな説があるようですが、この野生の牛やイノシシを描いた彩色壁画は、旧石器時代といわれる紀元前1万年から1万5千年前に描かれたといわれます。これは目に見える対象をできるだけリアルに描こうとしたものですから、具象画の発生と いえるでしょう。そこから1万年以上が過ぎるまで、美術史的には具象画が描かれ続けてきた結果となります。

抽象画の発生は、ロシアの画家カンディンスキーによる1911年〜という説と、オランダの画家モンドリアンによる1910年〜という説に分かれるようです。われらがピカソは、厳密に定義した場合には抽象画という分類にははいらずに、1907年の有名な「アヴィニョンの娘たち」という作品を皮切りに、キュビスム(立体派)の創始者とされています。
これは抽象画という概念が、あくまでも現実に存在するものの形を否定する、というところから来ているためで、ピカソの場合にはものをいろいろな視点からながめて、それをひとつの画面上に構成する、という表現形式をとったわけですから(たとえばひとつの顔の中に横向きの鼻と前向きの目が存在するというふうに)、現実的な形の否定、というところにまでは至らないわけです。

まあ、そういった美術史上のさまざまな分類はわきにおいて、一般的に、具象画:形のはっきりと表現された風景画や静物画、肖像画等/抽象画:形のはっきりとわからない作品、というふうにおおざっぱに定義したときに、みなさんはどちらのタイプの作品が好みでしょうか?
日本国内で絵画をあつかってきた経験をもとに言わせていただけるなら、日本人は圧倒的に具象画が好きな国民性といえると思います。日本人にも海外で活躍する著名な抽象画家は少なからず存在しますが、国内マーケットという範囲で考えると、ほぼ90%以上が具象画の売買に費やされています。

現代の売れ筋の画家たちを見渡しても、まさに日本画を中心とした具象画のオンパレードであり、また海外作家の作品を買うにしても、依然として印象派を筆頭とした具象画に人気が集まっています。美術館やデパートなどで行われる展覧会も抽象画オンリーといえるものはほとんどなく、やはり人気のモネやルノワール、ユトリロなどの具象画を中心とした画家たちの名前が並びます。これは、抽象画オンリーの展覧会にしたときには入場者数が激減するため、展覧会企画者の 苦肉の策なのです。

しかし、一時海外に目を転じてみると、ピカソ、カンディンスキー以降、あきらかに美術史の流れは抽象画に傾き、一般コレクターの関心もやはり抽象画へと向かっているように思えます。パリの街角の新進作家の個展などをのぞいても、ほとんどが抽象傾向にあります。なぜ日本人だけが海外の流れからとりのこされて、こんなにも具象画が好きなのでしょう・・・?

日本画の歴史を考えたときに、ほとんとが花鳥風月と美人画に集約され、またもうひとつの平面芸術としての書にしても、やはりどこまでいっても形があるために、具象画になじみが深い、という説があります。また、日本人は哲学に向かない国民性から、抽象思考が苦手であり、絵画においても考えるという 行為を拒否しているのではないか、という意見もあります。
どちらの説ももっともですが、抽象画好きのわたしとしては、「もったいない!」と思ってしまいます。具象画オンリーという方は、ひとたび抽象画だと思うと、「わたしにはわからないから・・・」と真剣に見ることもされない場合が多いからです。

昔、どなたかの書いた「絵画がわかるためには」というふうな題のエッセイを読んだときに、「絵が理解したいと思ったら、何回も何十回も見ることです」という言葉が印象に残りました。わたくしも、及ばずながら絵画の仕事を十数年と続けている間、一般の方々の何倍も何十倍も多くの作品に触れてまいりました。その中で、やはり何回も見ないとわからないことはたくさんありました。

画家としても、血のにじむような何年何十年に渡る努力の末に技術を習得し、ひとつの作品を仕上げる際にも場合によっては何年もかかる場合があります。その努力の結晶としての作品を鑑賞する場合、ひとめチラッとみただけでその作品のすべてがわかってしまうというのは、よほどの天才でもなければ難しいと思います。
ですから、われわれ凡人が美術史上に燦然とかがやく天才たちの作品を鑑賞する場合、やはり謙虚に何回も何回も自分なりの感想を持ちながら見て行くのがすじなのではないでしょうか。

お部屋に作品を飾る場合、好きな風景画や静物画を飾られるのももちろんいいのですが、一度抽象画を飾られてみたとき、印象が一変するのにおどろかれると思います。抽象画の種類にもよりますが、空間がぐっとひきしまり、とたんにモダンな雰囲気が生まれます。また、抽象画は見るごとに表情を変え、さまざまに鑑賞しているうちにだんだんとその絵のことがわかってくるのが不思議です。

「抽象画はわからない!」とさじをなげてしまわないで、とりあえず図書館でカンディンスキーやモンドリアンの画集を広げてみることをお薦めします。作品をひとつの窓として、新しい宇宙が見えてくるかもしれません。


・第一回
・第二回
・第三回
・第四回
・第五回
・第六回
・第七回
・第八回
・第九回
・第十回
・第十一回
・第十二回new!
版画オンラインショップ:DEPO.JP