連載コラム「リビングに絵画を」

弊社スタッフが、「アイリスタ」に連載中のコラム「リビングに絵画を」をお届けします。版画を初歩からわかりやすく解説しています。ご参考にどうぞ。

■第二回:リトグラフ?シルクスクリーン?[2]

前回は版画の4つの技法〜凸版・凹版・平版・孔版〜のうち、最初の2つをご紹介いたしました。今回は残りの2つ、平版と孔版についてですが、これはおもにリトグラフとシルクスクリーンという名前で、皆さんが耳にしている技法です。

さて、まず平版:リトグラフについてですが、これって版画なのに平版ってどういうこと?という疑問をもたれるのではないかと思います。版種について、前回の凸版・凹版をちょっとふりかえりますと、凸版は、版を横から見て出っ張ったところにインクがつく技法(木版・リノカットなど)、そして凹版は、へこんだところにインクをつめて、その部分が刷り上げられる技法(おもに銅版)でしたが、リトグラフが平版、ということは、版に凹凸がないことを意味しています。

これは、多分誤解している方が多いと思うのですが、リトグラフとは、版を彫らずに化学反応によって、版上にインクのつく部分とつかない部分をつくってゆく、というまさに革命的な版画技法だったのです。

ものの本をひっくりかえしてみますと、リトグラフの技法は、1796年、プラハの劇作家アイロス・ゼネフェルダーが発明したとされています。売れない劇作家だったゼネフェルダーは、自作の脚本や楽譜を自らの手で出版したいと考え、さまざまな方法を試したのですが、リトグラフの誕生のきっかけになったのは、彼が母親にたのまれた洗濯物のリストを、手近にあったクレヨンで石灰石の上にメモしたことでした。

これが、のちに巨匠たちに数々の傑作を生み出させることとなる、リトグラフ誕生の瞬間だったわけですが、その仕組みを簡単に説明いたしますと、まずよく磨いた石灰石の版の上に、直接クレヨンや筆などで文字や絵を描き、油と水の反発作用を利用した化学反応を起こさせることにより、製版することができます。 (詳しく説明すると大変な分量になりかつ、行程が非常にわかりにくいため、興味のある方は、インターネットなどで詳しく調べてみてくださいね)

彫ったり削ったりという面倒な作業がないため、リトグラフは画像の複製技術として急速に一般に普及してゆきます。当時のリトグラフの作品として、皆さんがよくご存知のものといえば、たとえばロートレックのムーランルージュの踊り子を写したポスターや、アルフォンス・ミュシャの多色刷りの劇場ポスターや当時発行された雑誌の挿絵等が思い出されるでしょう。

いまでは考えられないことですが、当時の印刷技術は活版印刷で、本や新聞を印刷する際には活字を組んで、文字を印刷していました。今のように、もちろんコピー機やパソコンやスキャナーがあるはずもなく、ですから画像を印刷するためには、版画で刷り上げてゆくしかなかったのでした。

銅版のように腐食させる必要もなく、木版のように彫るための特別な技術も必要なく、リトグラフは画家自身がクレヨンや絵筆を取り、直接石灰石の版の上に描いてゆけばいいのですから、急速に広まっていったのも、当然といえば当然でしょう。当時のロートレックやミュシャの描いたリトポスターは、単に広告宣伝用として街角に貼られるために刷られたにもかかわらず、いまではオークションで数百万の値段がつくような貴重なものとなっています。現在では、重い石灰石の替わりに(厚さが7~8cmもある石灰石の塊が版でした)、ジンク(亜鉛)版やアルミ版を使って制作するのが一般的となりました。

わたくしも、弊社オンラインショップで扱っているラウル・デュフィの作品を、パリ/モンパルナスのイデム工房というリトグラフ工房で制作する場に立ち会いましたが、この工房は2年前に経営者が替わるまで、ムルロー工房という名前の歴史的版画工房で、シャガールやピカソやミロ、ダリ等の巨匠作家たちが版画制作を専属で行っていた場所として有名でした。当時は現在の、たとえばグラビアのような感覚でリトグラフを制作していたわけですから、ムルロー工房もそれはそれはいそがしく、数々の有名アーティストたちが出入りして、さぞかし華やかだったことでしょう。

リトグラフの説明がまた、思いのほか長くなりましたので、最後のシルクスクリーンの説明は次回にいたします。


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