連載コラム「リビングに絵画を」

弊社スタッフが、「アイリスタ」に連載中のコラム「リビングに絵画を」をお届けします。版画を初歩からわかりやすく解説しています。ご参考にどうぞ。

■第四回:「エディション」「サイン」

さて、前回までで版画の技法についての大まかな説明は終わりましたので、今回は版画全般についての特殊な約束事についてお伝えしましょう。

みなさんがギャラリーやデパートで版画を眺めるとき、作品の下部余白部分に鉛筆書きで、ナンバリングとサインのようなものがほどこしてあるのにお気づきになったでしょうか?たいていは下部左隅に 23/200 のようなかたちの分数でナンバリングが書き込まれ、また右隅にはローマ字および漢字で作家のサインがはいっています。この左側のナンバリングをエディション番号(限定番号)とよび、右側のは作家本人の直筆サインなのです。

まず、左側のエディション番号から説明いたしますと、これは、分母の数が作品が刷られた総数、分子がその作品のシリアル番号です。ですから上の例でゆきますと、23/200 というのは、この作品は全部で200枚刷られていて、実際のこの作品が23番であることを意味します。分母の数は、作品によって20だったり50だったり、100だったり1000だったりしますが、それ以上多くを刷る作品になると、ラージエディションといって、特に番号を表記しないことが多くなります。

一般に、版の特性として木版画や銅版画は大体500枚が限度ですが、リトグラフやシルクスクリーンになると、10000枚くらいまでの刷りは可能ですので、ラージエディションを刷り上げるのにも適しています。

それでは、なぜそれだけ刷れるのに50枚や100枚しか刷らない作家がいるかといえば、まず第一に版画作品を刷り上げる場合には、たいていは多色刷りにいたしますから、もし20色の多色刷り版画を仕上げようとすれば、一枚の作品を刷り上げるのに20種類の別々の版を作り、20回刷り終えてはじめて完成作品となります。その際、版ズレをおこさないために、職人は非常に繊細な作業を行わなければなりません。よく、印刷物の版下に、丸の中に十字が描かれたアタリをつけるための印がありますが、同じようなことを版画制作の過程でも行い、しかもコンピューターが自動で合わせてくれるわけではありませんから、職人の経験によるカンがたよりとなります。

そのようにして、細心の注意をはらって刷り上げられてゆく作品ですが、中にはまれに版ズレをおこしているものもありますので、それについては、最終チェックの際、すべてはじいていかなくてはなりません。そのような煩雑な作業をすべて手作業で行う必要があるため、職人が集中して作業を行える枚数は、どうしても400〜500枚が限界、というような事情となります。

また、エディション総数の決定は、たいていは作家と版元の話し合いの中で行われますが、作家の人気度、価格の高低、景気の状況などによって、微妙に変化するのが実情です。人気作家でも、市場の作品量をコントロールするために(つまり、作品の希少価値を高めるために)、わざと少ない枚数しか刷らない場合もあるようですので、エディション数の多少が作品の評価に直結するとは、一概にはいえません。

そして、作家が作品右下に表記するサインについてですが、これは普通鉛筆でほどこされます。ベルナール・ビュッフェのサーカスシリーズ(リトグラフ)など、まれにボールペンで書かれているものもありますが、鉛筆書きが恒例となっているのは、鉛筆の成分がもっとも光線に対して強く、 変質しない性質をもっているためです。万年筆やボールペンは、どうしてもサインが変色し、ひどい場合には消えてしまうこともあるため、ほとんどの作家は鉛筆でサインしています。しかし、日本画版画の場合などは、鉛筆サインの変わりに作家の落款が赤くほどこしてある場合もあります。 また、特に木版画の場合など、余白部分にはエディションもサイン/落款もないようにみられますが、実際は余白を残さずに額装してしまっているものが多く、額装をはずせば表記が確かめられます。(その場合には、かわりに額の裏側にシールでエディション等の表記がついていたりします)

作家は、版画作品がすべて刷り上った後、自分の作品だと認める、という意味でサインをほどこしますので、たとえその版画作品に作家の手があまり加わっていず、職人がほとんどすりあげていたとしても、作家が認め、サインをほどこしたという時点で、その作品は作家のオリジナル作品だということになります。

このように、今日では版画といえばエディションとサインがつきもの、というのが一般常識ですが、こうした約束事が確定したのは、実は1960年代になってからで、その後版画界では世界的な決まりとなりました。というのは、エディション&サインを義務付けておかないと、作家があずかり知らぬところで版画が刷られてしまう危険性が生じ、実際にそれが事件にまで発展したことも多々あったからです。

現代でもシャガールの版画の贋作は多いことで有名ですが、このような著名な作家の高額な版画に、もしもエディション&サインがほどこされていなかったとして、その原版がもちだされて悪用されたとしたら・・・シャガールがまったくあずかりしらぬところで、さらに数限りなく版画が刷られ続けていったことでしょう。そのため、エディション数と EA版(※1)および HC版(※2)等を刷り上げた後の原版には、わざと隅に二重線などをいれて(この作業をレイエといいます)、破棄することも義務付けられました。

ですから、’60年代以前の作品には、まだエディションやサインが入っていないものが多く、たとえばローランサンやジョルジュ・ルオーの作品、また日本では棟方志功のものなどには、それらが見当たらない場合が多くあります。サインやエディションがないからといって、かならずしも複製品や贋作とはならないことに注意してくださいね。

※1:EA版・・・・Epreuve d'artiste(仏)の略号で、作家保存版を意味します。
エディション総数の他に、番外として作家本人が保持するための作品として、そのような表記とします。(しかし、作家の了解を得て市場に出ることも多いため、エディション作品と同等に普通に売られています。)通常は、エディション数の約10%を目安に制作しますので、エディション総数200枚の作品の場合、EA版は約20枚存在することとなります。

※2:HC版・・・Hors commerce(仏)の略号で、非売品を意味します。
通常はサンプルとして関係者に配るために若干数制作され、市場に出ることはありませんが、まれに売られることもあるようです。


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