連載コラム「リビングに絵画を」

弊社スタッフが、「アイリスタ」に連載中のコラム「リビングに絵画を」をお届けします。版画を初歩からわかりやすく解説しています。ご参考にどうぞ。

■第五回:オリジナル版画 vs複製版画 (エスタンプ)

さて、版画の制作方法およびエディション&サインについての説明が一段落したところで、今回は、版画についてのもう少し根源的な問い、つまり、版画はすべて原画のコピーか、ということについてお話ししたいと思います。

デパートの版画即売会等の展示会を見回しますと、いろいろな種類の版画を目にすることができます。東山魁夷、平山郁夫画伯をはじめとした日本画版画、また人気のカシニョール、カトラン、ブラジリエ、らの色とりどりの画面が並ぶフランス版画、もう少し有名なピカソ、シャガールらの版画、あるいはレンブラントやミレーといったオールドマスターと呼ばれる人たちの、モノクロ・エッチング版画などもあるかもしれません。版画というと、ひとつのイメージから何百枚も同じ作品が刷れることから連想するように、これらの版画作品は、すべて画家の原画をもとにしたコピー作品なのでしょうか?

答えはイエス、でもあり、ノーでもあります。

まず第一に、版画作品はオリジナル版画と複製版画(エスタンプ)とに大きく二分される、という前提に立たなければなりません。オリジナル版画とは、画家が自らプロデュースし、版上のすべてのタッチ、色彩をチェックして自らの作品だと認めた場合に限って、その作品を画家のオリジナル版画とよびます。 この場合、エディション(限定)数が極端に多くない限り、通常画面の右下に鉛筆で、作家直筆のサインがほどこされます。それに対して、ある画家の作品を版画作品におこしたいとき、その画家の原画を元に別の刷師のプロデュースで最後まで作品が制作された場合、その作品を複製版画(エスタンプ)とよんでいます。この場合、通常は画家はサインを入れず、刷師のサインや画家本人が亡くなっている場合には遺族のサインがはいるのが一般的です。

ですから、オリジナル版画の場合には、なにしろ画家本人が自ら版を制作するわけですから、自分の過去の作品のイメージを元に制作することもあれば、今までにまったくなかったイメージを、版画で表現し始める場合もあります。シャガールやピカソの場合が顕著なのですが、彼らは自らの油彩作品を版画に写すことを 嫌って、ほとんどの場合、独自のイメージを元に版画を制作しました。ピカソの場合には、とりわけデッサンに関しては稀代の天才ですから、ほとんど一発で版上に線描し、それがそのまま版になったといいます。シャガールの場合は、色刷りのリトグラフを制作する際には、制作用の下絵を描いていたことが 多かったといわれ、それはシャガールが、天才刷師といわれたシャルル・ソルリエと組んで仕事をすることが多かったという事情によるものと思われます。ソルリエは、シャガールの1000種類を超えるリトグラフ作品のほぼすべてを手がけている刷師のマスターで、『わが師シャガール』(新潮社)という著書の中でシャガールとの制作風景を詳しく書いています。

たいていの場合、シャガールが水彩でラフな原画を用意し、そのイメージにしたがってソルリエがまず輪郭線を黒で版画に刷り上げたものに、さらにシャガールが水彩で彩色して、その後の刷りの手順を決めてゆく、という方法をとっていたようです。ですから、ピカソ、シャガールらの、リトグラフやエッチングで刷られたオリジナル版画を前にしたとき、油彩作品との印象の違いに驚かされると思います。彼らの油彩作品は濃厚な色彩で、厚塗りの絵の具で描かれていることが多いのですが、版画作品の場合にはもっとあっさりしていて、どちらかといえば、デッサンや水彩のタッチに近いものが多いことに気づくでしょう。これは彼らが、版画というものを油彩作品とは完全に区別してとらえていて、版画は版画としての美しさや、表現の可能性を追求するために制作していたことを意味しています。

日本の画家の場合にはすこし事情が違い、浮世絵の伝統にのっとったためか、画家は絵師に徹して、彫り・刷りをすべて職人に任せる場合も多いのですが、その場合でも最終的なチェックと色あわせは画家の責任となりますので、画家のOKが出て初めて刷りを開始し、最終的にサインか落款をいただくこととなります。

上記のような事情から、美術界ではもちろんオリジナル版画のほうが評価が高く、ピカソの場合など「貧しき食事」という版画制作開始時(1904年)に刷られたモノクロ銅版画が、オークションで軽く1000万円を超えてしまうのに対して、複製版画(エスタンプ)にいたっては、10〜30万円がそこそこというような価格となってあらわれたりします。

「あら、シャガールが12万円なんてお安いわ !!! 」ととびつく前に、ちょっと説明を聞いてみたほうがいいかもしれませんね。


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