連載コラム「リビングに絵画を」

弊社スタッフが、「アイリスタ」に連載中のコラム「リビングに絵画を」をお届けします。版画を初歩からわかりやすく解説しています。ご参考にどうぞ。

■第三回:リトグラフ?シルクスクリーン?[3]

前回まで、版画の4つの技法(凸版・凹版・平版・孔版)のうち、最初の3つをすでにご紹介いたしましたので、今回は最後の孔版の説明をいたしましょう。

孔版画というと、よく知らない・・・と思われる方が多いかと思いますが、シルクスクリーン(英)、あるいはセリグラフ(仏)という名前だと、ずいぶんと市民権を得ているのではないでしょうか?簡単に言うと、孔(あな)を通してインクを紙に写す方法で、広くはステンシル(型抜き)などの染色方法も、孔版画の種類に含まれます。

この技法は60年代のアメリカで発達いたしましたが、発明者というのは特定されていないようです。一番身近なシルクスクリーン版画といえば、お正月に年賀状を印刷する際、今でも多分お使いの方が多いであろう「プリントごっこ」や、Tシャツなどにちょっと光ったインクで印刷されている図案なども、じつはシルクスクリーンの原理によって刷られているものが多いのです。

わたくしも、高校生の美術の時間にシルクスクリーン版画でつくった The Beatles の図案を、ハンカチに刷り上げて学園祭で売ったりした経験があります。 必要な用具さえそろっていれば、多分いちばん簡単にしかも美しく制作できるのが、孔版画:シルクスクリーンでしょう。

プリントごっこで版画を制作したことのある方は、すでに経験済みだと思いますが、シルクスクリーン版画を作る際には、まず、刷り上げる図案よりひとまわり大きい木枠を用意します。そこに、シルク(絹地)あるいは、ナイロンなどの化学繊維の布をぴんと張り、そこに図案を形成してゆきます。わたしがやったときにはナイロンの布で、ちょうどサッシの網戸のメッシュをもうすこし細かく薄くしたような白い布でした。

図案の形成にはいろいろな方法がありますが、いちばん原始的なのは、カッティングシートを使って網目を覆うやり方で、たとえば、赤い太陽を刷り上げたかったら、その丸い部分のみを切り取ったカッティングシートを張り込んで(つまりカッティングシートには、丸い穴が空いています)、図案以外の版地をすべて覆ってしまいます。その状態で、版を紙に密着させ、ローラーに赤いインクをつけて刷り上げれば、カッティングシートで覆われていない丸い部分のみに、インクがつくこととなりますので、見事真っ赤な太陽が、何枚でも刷り上げられることになります。

こういった原始的なやりかた以外に、現在もっとも多くもちいられているのが、写真製版という技術で、文字通り写真で撮影した画像をそのまま版に転写して、原版を形成することができます。プリントごっこはまさにこの方法で、つくりたい画像をピカっと撮影して版に転写すると、あっという間に作りたい版ができてしまうのです。この画期的な方法によって、版画の世界はさらなる前進を遂げることとなりました。

みなさんも、アンディ・ウォーホルの「モンロー」や「キャンベル・スープ」のシリーズをご覧になったことがあるかと思いますが、この1960年代に制作された有名な作品などは、まさにシルクスクリーンの特性を余すところなく発揮しています。「モンロー」シリーズでは、10点のそれぞれピンクやグリーンやブルーに刷り分けられたマリリンモンローがほほえんでいますし、「キャンベル・スープ」では、ウォーホル自身が大好きだったという有名な赤い缶のスープを、オニオンやマッシュルームクリームスープの文字とともに、リアルに再現しています。

このような芸当も、シルクスクリーンの技法をつかえば簡単におこなえますし、シルクスクリーンで使用するインクは、リトグラフや銅版画などと比べて厚く紙に乗る傾向がありますので、下地の色に関係なく何色でも版を重ねることが可能です。ヒロ・ヤマガタの作品などでは、図録を参照しますと、100色を超える版数を数えるものもあるため、作るほうも大変ですが(基本的に一色一版なので、100色使うと100通りの版を作って100回刷らなければならなくなります)、その分カラフルでヴィヴィットな色彩を楽しむことができます。

これで、版画の4つの版種の大まかな説明は終わりますが、現代ではさらに版画技術は進歩をとげ、なんと版をつくらない、コンピューター版画(?)とでもいえるような技法もでてきました。ジクレ(giclee)と呼ばれる方法が有名ですが、これは吹き付けるというような意味のフランス語で、印刷するときにインクジェットのプリンターを使用するのが特徴です。これまでの印刷技術では、おもにオフセット方式を使っていたため、どうしても画面に4色の網点(小さなドット)が出てしまったのですが、インクジェット(吹き付け)のプリンターを使用することによって、ドットの存在しない画面を印刷することが可能となりました。この方式の場合、版はコンピューターの画面上にあり、作家や刷師(?)はコンピューター上で色合わせをしてゆくのです。
この方法だと、一度データがインプットされてそれが保存されている限り、同じ色の作品ができるという前提となりますので、版画につきもののエディション数(限定数)を刷りきる必要がなくなります。販売の都合に応じて10枚、20枚と時間をおいて刷り上げてもいいわけですから、販売する側にとっては、デッドストックというリスクが回避されるという利点もあります。

このように、時代の変遷とともに版画技法も刻々と変身をとげてまいりました。それぞれの技法にそれぞれの特性と味がありますので、どの技法が最高と決めるわけにはいきませんが、版画は学べば学ぶほど、奥が深く、おもしろいものだというのはたしかです。みなさんもこれからギャラリーに立ち寄る機会がありましたら、お店の人に、「これはどんな技法の版画ですか?」とたずねてみることによって、話題が広がるかもしれませんね。


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