連載コラム「リビングに絵画を」

弊社スタッフが、「アイリスタ」に連載中のコラム「リビングに絵画を」をお届けします。版画を初歩からわかりやすく解説しています。ご参考にどうぞ。

■第七回:版画を買うためには・・・[2]

さて、いざ版画を購入する段になったとき、やっぱり気になるのはお値段です。よく、お客様から「絵には値段がないからねえ・・・」という、皮肉ともつかないようなお言葉をいただきますが、さて、本当に絵には値段がないのでしょうか・・・?結論からいいますと、それは大きな間違いで、絵には立派に値段が存在します。

お客様の上記の発言の趣旨は、絵は売っているところによって値段がまちまちで、原価に相当ふっかけて、値打ちのないものを高く売っている、というような揶揄も込められているかと思うのですが、ここ最近いくらか持ち直してきたとはいえ、10年以上も続いたバブル崩壊後の不景気の中で、たとえそんな悪徳画商が以前はたくさんいたとしても、昨今ではほとんど見かけなくなったというのが実感です。絵画や骨董品の商いは、多分世の中の何物にもまして信用が第一ですから、一度や二度はだましてたとえいい目をみたとしても、最後にはお客様に見捨てられて商売が続けられなくなってゆくのが落ちなのでしょう。

美術品の値段について考えるときに一番わかりやすいのは、最近電気製品によく使われる「オープン価格」という言葉です。最近は、いろいろな法律の影響か「定価」という表現をさけて、「メーカー希望価格」もしくは「オープン価格」という表記をチラシなどで使う場合が増えてきました。「オープン価格」とは、多くは商品発売後少し時間がたって型落ちになり、「メーカー希望価格」で売れなくなったものをその店独自の価格設定で売ることです。

美術品の場合には、型落ちということはないけれど、たいていどこの画商さんもこの「オープン価格」で作品を売っているのです。ですから、画廊によって同じ版画でも値段が違う、という事態は当然ありえます。というのも、美術品には厳密な意味での「メーカー希望価格」が存在しません。たとえば、さきにサザビーズ・オークション(ニューヨーク)で1億ドルをはじめて突破してオークションレコードとなった、ピカソの『パイプを持つ少年』について考えてみましょう。 日本円で約113億円(!)で落札されたこの作品は、ピカソの「ばら色の時代」に属する傑作で、この時代の秀作があまりにも少ないため非常な高値を呼びましたが、それではこの作品に「メーカー希望価格」なるものが存在するでしょうか?

答えは明らかに、ノーです。そもそも希望価格を想定するべきメーカーがここには存在しません。ピカソがこの作品を描いたのは1905年ですが、この時期はスペインのマラガの田舎から出てきてピカソがやっとパリに定着したころの、極貧時代にあたるでしょう。ピカソは1904年からモンマルトルの「洗濯船」という安いアトリエを借りて、詩人のアポリネールや恋人のフェルナンドと、貧しいながらも幸福な生活を営んでいたのでしょうが、ピカソが美術史の表舞台に登場するのは「パイプを持つ少年」から2年後の1907年「アヴィニョンの娘たち」によって、例のキュビスム(立体派)を開始するときからです。
それ以降、ピカソの名声は年を追うごとに高まり、それとともに作品の価値も鰻上りとなってゆくわけですが、「パイプを持つ少年」が当初、果たしていくらで誰に売られたかというのは定かではありません。しかし、現在の価値から比べたら信じられないような低価格ででピカソが手放したということは想像にかたくありません。

今回のオークションにしても、この作品を本当に落札したいと思っていた何人かのコレクターがいて、高値で競り続けていったために113億円という結果となりましたが、これがたまたま不況時で競り手がまったくいなかった場合などには、この数分の一で落札することもありえたでしょう。他の作品の場合にも、価格の桁はずいぶん違うでしょうが同じようなしくみで、オークションで取引される場合が多く、これは一般の人たちが参加する公開のものと、画商のみが参加する非公開のもの(日本では交換会といいます)に分かれます。

美術品の場合は、作品の数が一点、もしくは限定数しかないために、ほしい人がたくさんいる場合にはおのずと競りは高値になります。こうして、作品の仕入れ値自体が時と場合によって変化するのですから、売る場合にはその時々の時価である「オープン価格」を設定せざるをえなくなるのです。
版画の場合には、もうすこし価格は安定していて、というのは、版画を刷る版元がカタログなどに「定価」という形でなかば意識的に、作品の「メーカー希望価格」を想定しているからなのですが、こちらもあくまでも目安であって、たとえばその作品が売り切れ間際で品薄になってきたりすると、小売価格も必然的に上がってゆきます。
油彩作品の場合にも、日本では号いくら、という目安があり、これは1号(はがきサイズ)の値段が作家によって決まっていて、たとえば号10万円の作家なら10号サイズは100万円となったりしますが、こちらもあくまでも目安にすぎず、実際の取引にはそれより安くなるのが一般的です。

このように、作品の仕入れ値自体が変化するために、店頭の価格はそれぞれまちまちになってゆきます。ですから、やはりよりよい作品を適正価格で手に入れようとおもうならば、信頼できる気に入った画商さんから情報を収集しつつ、あわてず選ぶ、という方法が確実なのです。

「絵には値段がないからねえ・・・」と斜に構えたりなさらずに、一歩踏み出して画廊の扉をくぐってみると、また新しい世界が開けてくるかもしれません。


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