明果 - 小倉 遊亀

日本画、31.3 x 52.7 cm

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作品解説

技法

日本画

サイズ

画寸:31.3 x 52.7 cm

制作年

サイン

右下に落款・印章

エディション

状態

メモ

作家のご紹介

1895年
滋賀県大津市に生まれる。遊亀は本名。 奈良女子高等師範学校を総代で卒業。
1920年
安田靫彦に入門を許される。
第十二回日本美術院展に「童女入浴の図」を出品するが落選。 靫彦の勧めで「童女入浴の図」を小堀鞆音の革丙会革新第一回展に出品し入選。小林古径、速水御舟に注目される。第十三回院展に「胡瓜」が初入選。 日本美術院同人に推挙され、女性ではじめての同人となる。
1938年
山岡鉄舟門下の禅者小倉鉄樹と結婚。 毎日新聞の谷崎潤一郎原作「少将滋幹の母」の挿絵を執筆。
1954年
第四回上村松園賞を受賞。
「裸婦」(第三十九回院展出品)が芸能選奨美術部門文部大臣賞受賞。
1962年
「母子」(第四十六回院展出品)が第十八回日本美術院賞を受賞。
1976年
日本芸術院会員に任命される。第一部(美術)では、上村松園以来2人目の女性会員。
1978年
文化功労者として顕彰される。日本美術院理事に推挙される。
1980年
文化勲章を授章。女流画家としては上村松園以来であり、女性として文化勲章を受けたのは三人目である。
1984年
滋賀県立近代美術館開館。「開館記念小倉遊亀回顧展」を開催。
1995年
朝日新聞社主催「百歳記念小倉遊亀展」が東京・日本橋にて開催。
1996年
日本美術院名誉理事長に就任。
年 鎌倉芸術会館にて「小倉遊亀展」を開催。
1999年
パリ三越エトワールにて海外初個展を開催。「パリ展帰国記念 小倉遊亀展」を開催。
2000年
3月に一時入院する前日まで絵筆を執っていたが、いったん退院。6月に再入院し、7月、東京都内の病院で逝去。105歳。